秋から冬に咲く「桜」があるのを知っていますか?季節外れに開花する秘密とは
桜と言えば春ですが、秋から冬にかけて季節外れに咲く秋冬咲きの桜の品種もたくさんあります。
十月桜、冬桜、四季桜、子福桜、不断桜、アーコレードなどが代表的な秋冬咲きの桜です。
桜が季節外れの秋や冬に咲くのも、実は理由があります。桜の進化の過程を踏まえ、桜が季節外れの秋や冬に開花するメカニズムを解説します。
- 桜の開花のメカニズム
- なぜ季節外れの秋から冬に咲く桜があるのか
- 秋咲きの性質を持つ桜の園芸品種が誕生
- 桜の「狂い咲き」との違い
- 秋咲きの桜の咲き方
- 秋から冬に咲く桜のあれこれ
- おわりに
- 秋から冬に咲く桜に関する記事
桜の開花のメカニズム
桜(サクラ)とは
実は、桜(サクラ)という種類の植物はありません。
日本で一般に桜(サクラ)と呼ばれているのは、日本に分布するバラ科サクラ属サクラ亜属の野生種及びその園芸品種です。
例えば、梅(ウメ)がバラ科サクラ属スモモ亜属のウメという単一の種類と、その園芸品種とを呼ぶのとは異なります。
なお、英語で単にcherry(チェリー)というとサクランボ、cherru blossomというとサクランボのなる木を指す場合が多いです。
鑑賞用というよりも食用であることが前提であり、日本語の桜とは、若干ニュアンスが異なります。
サクラ亜属は、北半球の温帯に広く分布しています。
日本に自生している桜の野生種は、春に咲く山桜(ヤマザクラ)、紅山桜(ベニヤマザクラ)、霞桜(カスミザクラ)、大島桜(オオシマザクラ)、熊野桜(クマノザクラ)、江戸彼岸(エドヒガン)、豆桜(マメザクラ)などです*1。
これらの桜の中から、野生種及び野生種から誕生した園芸品種をかけあわせることで、多数の園芸品種が誕生しました。
多彩な桜の園芸品種のほとんどは春に咲きますが、桜の一部には、秋から冬に咲く桜が存在します。
夏に花芽が形成
秋や冬などの季節外れに咲く理由を説明する前に、まず春に開花する普通の桜がどのように開花するか、の春咲きのメカニズムについて説明します。
日本に分布するサクラ亜属及びその園芸品種を含む、いわゆる「桜」は、早春に開花し、盛春に花が散ると、すぐに翌年の開花の準備を始めます。
夏ごろになると、春に散った桜の葉の付け根に花芽(はなめ/かが)という、将来花になる小さな芽を作ります。
桜の花芽は、3つでワンセットになっていることが多く、真ん中が葉のもとになる葉芽(はめ/ようが)です。
葉芽両側が、将来桜の花となる花芽です。葉より花の方が多いんですね。
冬は休眠状態で越冬
夏が終わり、秋には入り日照時間が短くなりはじめると、花芽の成長を抑える植物ホルモンが供給され、桜の花芽は休眠状態になります。
桜の花芽は、寒い冬を休眠したままで越します。
秋が終わり、真冬の寒さに一定期間さらされると、成長を促す植物ホルモンが供給され、桜の花芽の休眠状態が解除されます。
寒さにさらされることよって、桜の花芽の休眠が解除されることを、「休眠打破」といいます。
桜の開花予報では頻出ワードなので、聞いたことがあるという人も多いでしょう。決して眠眠打破ではないのでご注意を。
「休眠打破」で開花
桜の花芽が休眠打破するには、ある程度の冬の寒さが必要です。
休眠状態を解除する植物ホルモンを作るのに必要な冬の寒さは、桜の種類によって異なります。
桜の代表であるソメイヨシノの場合は、8度以下の低温が累計1,000時間必要とされています。
そのため、ソメイヨシノが生育する南限は、種子島です。種子島より南では、冬の寒さが足りず、ソメイヨシノの休眠打破は起こりません。
冬も温暖な沖縄では、ソメイヨシノが開花しないため、一般に桜といえば、寒緋桜(カンヒザクラ)のことを指します。
近年は、温暖化の影響もあってきちんと手入れをすれば、京都でも早春に美しく開花します。
寒緋桜は、特徴的な花色と咲き方が魅力的な桜です。
桜の開花には寒さが必要
近年では鹿児島や高知といった暖かい地域よりも、東京の方が桜が早く咲くことが多くなってきました。
桜前線とはいうものの、南から北へと桜の開花日が移動していません。
温かい鹿児島や高知よりも、東京の方が桜が早く咲く理由にも、休眠打破が関係しています。
近年の暖冬傾向により、鹿児島や高知ではソメイヨシノの休眠打破に必要な冬の寒さが不足気味になっています。
一方で、東京はソメイヨシノが休眠打破するのに必要な冬の寒さと、その後の気温の上昇という条件を兼ね備えているためです。
さらに温暖化が進むと、ソメイヨシノの桜前線の乱れがより大きくなっていくことでしょう。
桜の開花日が花芽は、冬に休眠打破が行われたあと、開花へ向けて成長します。
低温によって休眠打破が行われたあとは、気温が高いほど早く成長し、桜が開花します。
桜は、特に気温に正確に比例して成長するという特徴があるため、桜の開花予想がかなり正確にできるのです。
なぜ季節外れの秋から冬に咲く桜があるのか
桜の祖先はヒマラヤに
休眠打破という仕組みにより、桜は春に咲きます。では、なぜ季節外れの秋から冬に咲き始める桜が存在するのでしょうか。
季節外れの秋や冬に桜が開花する理由には、桜の進化の過程が関係していると考えられています。
日本には、園芸品種を除く10種類の桜が自生しています。日本に自生する桜たちの共通の祖先は、ヒマラヤにあったという説が有力です。
ヒマラヤに分布するヒマラヤザクラが、日本に咲く桜の共通の祖先に近いであろうと考えられています。
そのヒマラヤザクラの開花期は、秋です*2。
つまり、本来桜は秋に咲く植物であった可能性が高いのです。
桜が、ヒマラヤから日本へと向けて東へ東へと分布を広げ、数種類に分化していく過程で、秋咲きから春咲きへと変化していったというのです。
冷涼乾燥な冬を越すための進化
桜の祖先が生まれたのは、一年中温暖多湿なヒマラヤです。冷涼乾燥な冬がある地域に桜が進出するには、いかにして冬を越すかがポイントになります。
そこで桜は、春咲き戦略を選びました。寒い冬季にいったん生育活動を止めて、エネルギーの消費を最小限に抑え、冬を越すという戦略を桜は取ったのでしょう。
日本を含めた寒い冬がある地域に桜が進出するために、冬季は休眠し、春に咲くという性質を獲得したのです。
こうして、本来は秋に咲いていた桜が、冬を越すための進化の過程で、春に咲くようになったということです。
ただし、この休眠打破という冬を越すためのシステムは、桜の専売特許ではありません。温帯の落葉果樹に広く見られます。
特に桜を含むバラ科の植物ではよく見られます。
桜と近縁の梅(ウメ)、桃(モモ)、李(スモモ)、杏(アンズ)、アーモンドなどは全て、春に開花します。
秋に咲くという特徴を持っていた桜が例外的な存在です。
桜の祖先であるヒマラヤザクラとは
桜の先祖に近いであろうヒマラヤザクラは、ヒマラヤ周辺から中国南西部、ビルマ北部にかけての亜高山帯に分布するサクラ属の樹木です。
花色は白からピンク、濃紅色まで様々で、長い雌しべが特徴です。
散るときは花びらがバラバラに落ちるのではなく、花ごとポトリと落ちます。
日本では、沖縄のカンヒザクラと同じ性質です。
ヒマラヤザクラは、二酸化炭素や二酸化窒素の吸収効率が高く、近年は環境浄化木としても注目を集めています。
寒い冬がある日本では、ヒマラヤザクラが育つのには、良い環境ではありません。
しかし、人の手を借りることで、日本でも各所でヒマラヤザクラを見ることができます。
日本では、晩秋の11月頃から開花し、初冬の12月に見頃を迎えます。
京都でも、京都府立植物園や桂川堤防(鳥羽の大石付近)、清水寺で季節外れの晩秋から初冬に咲いているのを見ることができます。
ただし、ヒマラヤザクラは野生種なので個体差が大きく、1月や2月でも咲いていることもあります。
秋や冬に咲く桜の園芸品種よりも、盛大に花を付けます。
日本でよく見る桜とは、花の感じもちょっと異なります。
ヒマラヤザクラという桜を知らなければ、こんな寒い時期に、いったい何の花が咲いているのだろうか、と首をひねることでしょう。
ヒマラヤザクラがどういう花かを知らなかったころ、鳥羽の大石付近に咲く花は、謎の花でした。
秋咲きの性質を持つ桜の園芸品種が誕生
先祖がえりを利用した品種改良
日本では春に咲く桜ですが、時折突然変異で先祖がえりし、季節外れの秋や冬に咲く桜の変異枝が生まれることがあります。
冬の休眠のために花芽の成長をおさえる植物ホルモンに、何らかの不全が発生しているのかもしれません。
花芽が休眠することなく、成長してしまうのです。
季節外れの秋や冬に開花した桜の変異枝を発見した人間は、変異枝を採取し、育ててきました。
変異しやすい遺伝子を持った桜を、何世代も重ねながら遺伝的に固定化することで、季節外れの秋に咲く桜の品種が誕生したと考えられています。
様々な秋咲きの桜が誕生
いくつかある季節外れの秋咲きの桜のうち、十月桜や冬桜は、江戸時代後期には既に記録に登場します。
園芸の盛んであった江戸時代の人々は、季節外れに咲く桜を見逃さなかったのでしょう。
江戸時代の記録に残る十月桜や冬桜が、今の十月桜や冬桜と同一品種であると断定することはできません。
しかし、十月桜や冬桜が、数百年の歴史を誇る桜の園芸品種である可能性は高いでしょう。
秋や冬に咲く桜は、古くから「霊木」として大切にされてきました。
三重県鈴鹿市の子安観音寺にある白子不断桜は、江戸時代から有名な秋冬咲きの桜です。
1923年には、国の天然記念物に指定されました。
霊樹として知られ、寺伝によると1,200年前の創建時に芽吹いたと伝わります。
京都でも、京都府立植物園の半木の森前で見ることができます。
気候によって秋にも咲いたり咲かなかったり
秋から冬に咲く桜として近年人気を集めている桜に、アーコレードがあります。
アーコレードは、大山桜(オオヤマザクラ)と小彼岸(コヒガン)を交配してイギリスで作出された珍しい桜のひとつです。
アーコレードが生まれたイギリスでは、春のみ開花する普通の桜です。気候の違いの影響か、日本で植えるとなぜか秋から冬にも開花します。
はっきりした原因はわかっていませんが、おそらくイギリスよりかなり暑い日本の夏により、何らかの不全が発生しているのではないでしょうか。
アーコレードは大輪の美しい花を咲かせる桜です。アーコレードが人気を集める理由の半ばは、秋から冬に開花するという性質が原因だと思います。
作出時には想定していなかった特徴により、人気が出たという意味では、ちょっとした怪我の功名です。
なお、十月桜など他の秋咲きの桜をイギリスで植えても、ちゃんと秋から冬にも開花するそうです。
気候によって、秋に咲いたり咲かなかったりするのはアーコレードだけの特性です。
秋咲きの桜の園芸品種
季節外れの秋から冬に咲く桜の園芸品種には、十月桜(ジュウガツザクラ)、冬桜(フユザクラ)、四季桜(シキザクラ)、不断桜(フダンザクラ)、子福桜(コブクザクラ)、アーコレードなどがあります。
これらの園芸品種の特徴や見分け方については、こちらを参照願います。
桜の「狂い咲き」との違い
アクシデントで起こる狂い咲き
秋に咲く性質の桜の園芸品種とは別に、春に咲くはずの桜の品種が季節外れの秋や冬に咲くことがあります。
一般には「狂い咲き」と言われ、秋にはソメイヨシノの狂い咲きが季節外れの開花としてよくニュースになります。
夏に台風や虫害などで葉のほとんどを失ってしまうと、休眠をうながす植物ホルモンが供給されなくなることがあります。
休眠できないまま、たまたま秋に暖かい気温が続くと季節外れに開花してしまうのです。
「春と勘違いして咲いた」と言われることがあります。
桜が進化の過程で手にした休眠という手段を、台風や虫害といったアクシデントのために取れなくなってしまうことで、予定していなかった季節外れの時期に咲いてしまうのが狂い咲きです。
ソメイヨシノに限らず、様々な品種の桜が狂い咲きを起こすことがあります。
秋咲きの桜の咲き方
秋や冬に咲き始める桜は、秋にいったんある程度開花しますが、厳冬期には多くの花を落し細々と咲くだけで、春を迎えると盛大に開花します。
秋咲きとはいえ、春に咲く性質を失っているわけではありません。
品種や個体によってかなり差はありますが、ざっくり言うと、秋に3分の1くらいが開花し、春に残りの3分の2くらいが開花します。
京都にある妙蓮寺の御会式桜(おえしきざくら)を例に取ると、以下のとおりです。御会式桜は固有名詞で、品種としては十月桜(ジュウガツザクラ)です。
秋は控えめな咲き方
木の全体で桜が開花しています。
この時期に桜が咲いているのは珍しく、目立つのは間違いありませんが、秋から冬の開花期は、ピークでもこの程度です。
また、秋から冬の開花期は、開花の時期や咲き具合も年によって差がかなり異なります。
秋から冬にはわずかしか花を咲かせないこともあります。
秋の開花は一種の機能不全による開花なので、その年の気候や桜の調子の良しあしなどによって大きく左右されるのでしょう。
自家受粉ができない桜*3にとって、秋や冬に開花したところで受粉できる可能性は低いです。
運よく受粉できたところで、サクランボがうまく育つわけでもなく、子孫を残すためには役に立たない開花です。
変異枝は一定の割合で出現しますが、人間が意図的に選抜しない限りは、淘汰される特徴です。
冬は細々と開花
そして、厳冬期にはわずかしか開花していません。
個々の花の寿命は、桜の場合概ね1週間程度といわれているので、細々とではありますが、次々に新しい花が開花をしています。
品種や個体によって差はあるものの、全く咲いていないわけではない場合もあります。
春に盛大に開花
そして、春を迎えると盛大に咲き誇ります。秋と比べると花付きも違えば花の大きさも違います。
秋に咲いてしまった花芽の分、本来よりも咲いている花の数は少ないはずですが、他の桜に負けないほど春にも見事に咲く秋咲きの桜もあります。
秋と異なり、休眠打破を契機として開花するので、春の開花のタイミングは毎年大きくは変わりません。
秋から冬に咲く桜のあれこれ
文献に残る最古の桜は秋に咲く桜
日本で単に「花」といえば桜のことを指すことは有名です。
それほど日本人に親しまれて来た桜ですが、さらにさかのぼり万葉集の頃は、花といえば梅のことであったことも知られています。
では、桜に関する記述のある最古の文献が何かといえば、720年に成立した日本書記です。
日本書紀の巻第十二「履中記(りちゅうき)」で、402年に履中天皇が磐余市磯池(いわれのいちしのいけ)で11月に船遊びをしていたとき、季節外れの桜を見つけたことにちなんで、宮を磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)と名付けた、というエピソードが記載されています。
今は磐余池(磐余市磯池)は残っていませんが、跡地とされるところが橿原市東池尻町に残っています。
宮である磐余稚桜宮の跡地と伝わるところは、現在桜井市谷の若桜神社(わかさじんじゃ)です。
若桜神社の境内にある「桜の井」が桜井の地名の由来でもあります。
日本書記の記述が、今に残る文献上では最古のものです*4。
ここで登場した桜が、今につながる秋咲きの品種という可能性はほぼなく、狂い咲きをした桜であろうといわれています。
このエピソードがはたして真実なのか創作なのかは検証しようがありません。
しかし、少なくとも日本書記編纂のころには、桜に対する美意識が育っていたということは間違いありません。
そして、本来咲くべきではない季節に咲く姿を、愛でるという意識も育っていたことがわかります。
それにしても、桜に関する最古の記録が秋に咲いた桜であるというのは興味深いことです。
「秋桜」は桜ではなくコスモス
秋から冬に咲く桜として、冬+桜の冬桜(フユザクラ)があります。
一方で、秋+桜は、秋桜(コスモス)になります。
コスモスとは、キク科コスモス属の総称です。
狭義のコスモスは、オオハルシャギク(大春車菊)のみを指しますが、一般にコスモスというと、キバナコスモス、チョコレートコスモス及びそれらの交配種を指します。
もともと日本には自生したいないメキシコ原産の植物です。明治以降に日本に渡来し、今では野原や道端でも広く自生しています。
サクラを含むバラ科とコスモスを含むキク科は、被子植物のなかでも中核真双子葉植物というグループに含まれますが、特に近縁なわけではありません。
見た目も全く異なり、桜とコスモスを間違えることはないでしょう。
戦前から、コスモスを「秋桜」と書く事例もありますが、あまり一般的ではありませんでした。
ほとんどの場合は、カタカナでコスモスと表記していました。
秋桜という表記が出てきても、コスモスとは限らず、別の花を詩的に表現していた可能性もあります。
秋桜という漢字表記が一般的になったのは、1977年に山口百恵の「秋桜」が大ヒットしてからです。
作詞作曲を担当したさだまさしが、秋桜という表記を採用したことが、はじまりです。
コスモスを秋桜と書くことが一般的になったのは、1977年以降なので、まだ50年も経っていないことになります。
もし、十月桜などの秋から咲く桜を、秋桜と呼ぶのが一般的であったら、名曲「秋桜」の曲名も違ったのかもしれません。
おわりに
300種とも600種ともいわれる多彩な品種のある桜は、実に奥深い花です。
京都には多彩な品種の桜があり、秋から冬に咲く桜もあちこちで見られます。
紅葉シーズンに紅葉をバックに咲く桜や、花の少ない冬に咲く桜などがあちこちで見られます。
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